パトリシア・ハイスミス パトリシア・ハイスミス 
(1921〜1995)
1921年テキサス州のフロント.ワースに生まれる。ニューヨークのバーナード・カレッジに在学中、校内新聞の編集長にたずさわるなどジャーナリズムに関心のあった才媛。卒業直後、ハーパース・バザー誌に発表した短編ヒロインが、1945年度全米雑誌小説ベスト22に選ばれ、これが作家になるきっかけとなった。1950年、最初の長編見知らぬ乗客が出版され、これをヒチコックが映画化するなど、幸運なスタートだった。また1956年の才子プリィ君は、のちにルネ・クレマン監督で太陽がいっぱいと題して映画化されている。ハイスミスは寡作で、日本にはまず映画によって知られたと言ってよいだろう。スイスのティチノ地方の山中にある寒村で、200年はゆうにたつ石造りの家に2匹のシャム猫とひっそり、暮らしていた。

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